パイン


 

画像はwikipediaよりです。

 

バッチフラワーレメディ 罪悪感 自分を責める

 

パイン

  • 7つのグループ:失意と絶望のグループ/罪悪感を感じ、自分を責める
  • 英名:Pine
  • 学名:Pinus sylvestris
  • 和名:ヨーロッパアカマツ、オウシュウアカマツ
  • 分類:マツ科マツ属
  • キーワード:罪悪感 後ろめたさ 後悔 弁解 遠慮 悲観 こだわり 道徳的 責任感義務感 教条的 完全主義 厳格 強迫観念 献身的 隷属 盲従 帰依 自虐 自己否定 自責の念 無価値感 疲労

 

 

パインとは バッチ博士の言葉

 

バッチ博士はフラワーレメディとしてのパインについて次のように記しています。

 

「自分を責めてばかりいる人のためのものです。上手くいっている時でさえも、もっと上手くできるはずだと考え、決して自分の努力や結果に満足する事がありません。一生懸命努力し、失敗すると自分を責めて非常に苦しみます。時には、他の人が原因で起こった失敗でも、自分のせいだと考えます。」

『バッチ博士の遺産』(トゥエルブ・ヒーラーズとその他のレメディ)1936年より

 

 

罪悪感

 

パインの否定的なあらわれをひとことで表すならば「罪悪感」です。「私は罪を犯しました。ごめんなさい、罰を受けます。」という思いです。懸命に行った仕事に対しても不足感を感じ、「申し訳ない」と思ってしまいます。この、何かに対して「申し訳ない」、「ごめんなさい」という思いは、事の大小はともかくとしてしばしば起こりうる体験です。

 

ここでいう「罪」は法的なものよりも、道徳的な基準からくることが多いです。その基準とは社会や集団、地域、家族、親子関係、宗教的なものからもたらされます。そしてこの「罪」は誰かに宣告されたものではなく、自らに対して宣告するものです。誰かに宣告されたものならば、それに反発や否定も起こり得ますが、自分に対して宣告したものであれば、反発や否定はむずかしく、何らかのきっかけでその道徳そのものを手放さない限り罪悪感は残り続けます。

 

 

植物としてのパイン 罪悪感は夢なのか?

 

パインは和名をヨーロッパアカマツ、オウシュウアカマツといい日本にも輸入材としてたくさん入っています。日本でも同じマツ科のアカマツ(Pinus densiflora)、クロマツ(Pinus thunbergii)が広く分布しており、「松」と言われればなんとなくイメージが浮かんでくるのではないでしょうか。パインは木材だけでなく、長い歴史の中で松ヤニ、テレピン油など、自然療法の分野では松葉による薬草療法、アロマセラピーの精油の原料としても用いられています。

 

植物としてはマツ科マツ属の常緑高木、30メートルほどの高さまで成長し、樹齢は200年前後です。根は深く、葉は針形(針葉樹)で花は雌雄同株、雄花は黄色のコーン状で春からに大量の花粉を放出し、雌花は赤みを帯びた球形で受粉後に松かさになります。

 

興味深いのは松かさとその種子です。雌花は受粉後に松かさになりますが、すぐには種子を放出せず2年ほどかかるようです。その結果、一本のマツに三世代の松かさがつくこともあります。種子は乾燥した松かさから風に乗って運ばれ広範囲に広がります。放出まで2年もかけながら、種子そのものは風まかせというのは面白いです。このあたりはクレマチスと似ています。クレマチスは冬の間ですが、親木に留まり、その後に風に乗って広がります。

 

クレマチスは「上の空、空想癖、夢見がち」と言われていますが、パインの罪悪感もある種の「夢」といってよいのかもしれません。なぜなら同じ状況に置かれても何も罪悪感を感じない人もいるからです。罪悪感は個人的なものです。それは道徳からもたらされた夢であり、その夢から目覚めなければ罪悪感を手放すことはできません。

 

 

パインタイプ 受けとるのが下手

 

パインの否定的なあらわれを「罪悪感」としましたが、そのほかのあらわれ方としては「遠慮がち」、「受けとり下手」があります。パインタイプの人は自分を信頼していません。なぜなら自分は罪を犯しているからです。自分のことを人からの好意や親切を受けとるだけの価値のない人間だと思い込んでいます。

 

どんなに人が自分に親切に接したとしても、心の底から喜ぶことができません。その親切さそのもの、その言葉、振る舞いをそのまま受け入れることができません。もし受け入れたとしたら、今よりももっと良くないことが起こり、相手にも迷惑をかけ、自分自身も苦しみ、面倒な状況になってしまうと思い込んでいます。だからいつも遠慮します。受けとろうとしません。

 

 

パインの肯定的なあらわれ

 

先ほどパインのことを「罪悪感という夢」といいました。パインの否定的なあらわれは、懸命に努力しながらも結果に満足せず、それを失敗だと思い込んでしまうこと、道徳的なとらわれから自分は罪を犯していると思い込んでしまう状態です。これは客観的な事実ではなく、思い込みであり夢見のなかにあるといってもよいでしょう。

 

パインが肯定的にあらわれるときはその夢から覚め、目覚めた状態にあることです。罪悪感の反対側にあるものは責任感です。目覚めたパインタイプの人は、自分が属する社会、集団、友人、家族の一員として責任をもって振る舞うことでしょう。自らつくり上げた「道徳」によってジャッジメントされるのではなく、理想を実現するために、柔軟に考え、行動する人です。

 

 

 

 


2020-10-04 | Posted in バッチフラワーレメディComments Closed 

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